福岡高等裁判所 昭和44年(ネ)342号 判決 1971年3月31日
控訴人(被告) 福岡県
被控訴人(原告) 徳本綱方 外三二名
主文
一 原判決中被控訴人平尾政利、同加藤孝好、同崎野利通に関する部分を次のとおり変更する。
控訴人は、被控訴人平尾政利に対し金六二二円、被控訴人加藤孝好に対し金六八七円、被控訴人崎野利通に対し金九三九円及び各金員に対する昭和三三年八月二二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
被控訴人平尾政利、同加藤孝好、同崎野利通のその余の請求を棄却する。
二 控訴人の被控訴人平尾政利、同加藤孝好、同崎野利通を除くその余の被控訴人らに対する本件各控訴を棄却する。
三 訴訟費用中、控訴人と被控訴人平尾政利、同加藤孝好、同崎野利通との間に生じた分は第一、第二審とも控訴人の、控訴人とその余の被控訴人らとの間に生じた控訴費用は控訴人の各負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決中被控訴人ら関係部分を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠関係は、控訴代理人及び被控訴人ら代理人においてそれぞれ別紙準備書面記載のとおり陳述し、立証として、被控訴人ら代理人において、甲第二ないし第七号証を提出し、当審証人倉持己佐男の証言を援用し、乙第一一ないし第一六号証(第一四、第一五号証については原本の存在を含む。)の成立を認める、と述べ、控訴代理人において、乙第一一ないし第一六号証を提出し、当審証人石橋茂の証言を援用し、甲第二ないし第七号証(第二、第三号証については原本の存在を含む。)の成立を認める、と述べたほかは原判決事実摘示(ただし、原判決一五枚目表上段七行目にある『「請求金額」欄記載の各金額』の次に「(同欄内訳記載の本俸と暫定手当の合計額の意味)」を加え、原判決事実摘示中「斗争」とあるのをすべて「闘争」と訂正する。)中被控訴人ら関係部分と同一であるから、これをここに引用する。
理由
一、当裁判所も被控訴人平尾政利、同加藤孝好、同崎野利通を除く被控訴人らの本訴請求はすべて理由があつてこれを認容すべく、被控訴人平尾政利、同加藤孝好、同崎野利通の本訴請求は一部理由があつてこれを認容すべく、その余の部分は理由がないものとしてこれを棄却すべきものと判断するが、その理由は次に付加、訂正または削除するほかは原判決理由記載中被控訴人ら関係部分(原判決四枚目表八行目から同八枚目裏九行目まで及び同一一枚目裏四行目から同一二枚目表八行目まで)と同一であるから、これをここに引用する。
二、原判決五枚目表七行目、同枚目裏一行目にある「各金額」の次に「(原告ら主張の意味での金額)」を加え、同五枚目表一二行目に「同月二一日」とあるのを「八月二一日」と訂正し、六枚目表四行目以下掲記の事実認定の資料として、成立に争いのない乙第一三号証及び当審証人石橋茂の証言を加え、同六枚目裏三行目「ものである」の次に「(原告らを含む県下公立学校教職員一七、一八二名が平常の勤務日である同日一せいに出校せず、勤務しなかつたことは、当事者間に争いがない。)」を、同七枚目表七行目「目標にして」の次に「同月一〇日には福岡市教育長、福岡県教育庁出張所長を招集して六月分給与の支給日に減額するよう通知する等」をそれぞれ加え、同九行目から一〇行目にかけて「六月一〇日を」とあるのを「日時も」と、前記引用の原判決理由記載中「斗争」とあるのをすべて「闘争」とそれぞれ訂正し、原判決理由欄第五、第六項(原判決八枚目裏一〇行目から同一一枚目裏三行目まで)を次のとおり改める。「五、ところで、本件減額当時地方公務員法五八条二項(昭和四〇年五月一八日法律第七一号による改正前のもの)により地方公務員にも適用があつた労働基準法二四条一項本文の規定は賃金全額が確実に労働者の手に渡ることを保障しようとするものであるから、その内容のひとつであるいわゆる賃金全額払の原則は、使用者をして賃金全額につき現実の履行をなさしめる趣旨であると解すべく、したがつて、使用者が自己の労働者に対する反対債権にもとづきほしいままに相殺を主張して賃金の一部又は全部を控除することは許されないけれども、賃金支払の実際においては、計算の困難等のため、時として過払を生ずることは避けがたいところであり、その場合における過払額相当額をその後支払うべき賃金と清算することは、形式的には、不当利得返還請求権を自働債権とする相殺である点において一般の相殺と異なるところはないとしても、事の実質に即してこれをみれば、適正な賃金額を支払うための調整であり、結果においては、本来支払われるべき賃金を正当に支払つたことになるのであつて、賃金と全く関係のない債権による相殺と同一視すべきではない。もつとも、前記二四条一項本文の法意にかんがみるときは、過払を原因とする相殺は、過払のあつた時期から見て、これと賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてなされる場合であり、しかも、その金額、方法等においても、労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのない場合に限つて許されるものと解するのが相当であり、しかも、このような相殺を許容すべき例外的な場合に当たるか否かの判断にあたつては、前記二四条一項本文の法意を害することのないよう、慎重な配慮と厳格な態度をもつて臨むべきものであり、みだりに右例外の範囲を拡張することは厳につつしまなければならないのであつて(最高裁判所昭和四〇年(行ツ)第九二号同四四年一二月一八日第一小法廷判決、同裁判所昭和四二年(行ツ)第六一号同四五年一〇月三〇日第二小法廷判決参照)、これと異なる成立に争いのない乙第一一、第一二号証記載の見解にはにわかに賛同することができない。
六、本件についてこれをみるに、前認定事実によれば、本件減額事由が発生したのは五月七日であつて、右減額をその月の給与支払日である同月二一日に同月分の給与から減額することは、本件給与過払の原因となつた原告らの無断欠勤が福教組の勤務評定反対闘争という異常な事態のもとに行われ、欠勤した者の範囲も広範かつ多数におよんだ事実に照らして事実上不可能であつたものといわなければならないが、県教委は同月末頃には欠勤の実体につきこれを把握していたのであり、しかも減額分も被控訴人らの月給与手取額の四パーセントにも達しない額であつたのであるから、翌六月分の給与から減額することは可能であつたといわなければならない。しかるに本件減額がおくれた主たる原因は、減額に反対する福教組の圧力のもとに県教委が減額することにつきその法律上の可否、根拠等の調査研究のため、当時同種事案をかかえていた東京都または中央官庁の意見を徴したりしていて東京都の出方を待つていたところ、東京都においてはその減額を八月分について実施することになつたので、県教委においてもこれにならつて八月分につき本件減額を実施することとしたものであるから、前記説示するところからすれば、被告のした過払を原因とする相殺は、過払のあつた時期から見て、これと賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてなされたものとは認め難く、したがつて被告のした給与の減額は労働基準法二四条一項本文に違反し無効のものといわなければならない。」
三、そうすると、控訴人の主張はいずれも採用することができず、本件減額は労働基準法二四条一項に違反するというほかはないから、被控訴人平尾政利、同加藤孝好、同崎野利通を除く被控訴人ら(ただし、被控訴人由衛節子、同由衛辰壽、同由衛直子関係についてはその被相続人由衛辰巳)から控訴人に対し、八月分給与債権の未払分として控訴人が減額した原判決添付別紙第二「請求金額」欄記載の各金額(被控訴人徳本綱方、同杉幹雄の請求金額は計算上内金となる。)及びこれに対するその支払期限の翌日である昭和三三年八月二二日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴各請求は理由があるものというべく、被控訴人平尾政利については別紙第二記載の控訴人が減額をした本俸及び暫定手当の合計額は金六二二円であり、被控訴人加藤孝好については前同の合計額は金六八七円であり、被控訴人崎野利通については前同の合計額は金九三九円であるので、右被控訴人三名の本訴請求は右合計額及び前同様の遅延損害金の支払を求める限度において理由があるが、その余の部分は失当として棄却を免れない。
よつて、原判決中被控訴人平尾政利、同加藤孝好、同崎野利通に関する部分を主文のとおり変更し、その余の被控訴人らに対する本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中池利男 白川芳澄 富永辰夫)
(別紙)
準備書面
控訴人 福岡県
被控訴人 徳本綱方外三二名
右当事者間の御庁昭和四四年(ネ)第三四二号給与支払請求控訴事件について左のとおり陳述します。
一 本件給与の減額支給は、いわゆる過払賃金調整のための控除である。すなわち福岡県教職員組合は勤務評定規則制定に反対して昭和三三年五月七日一せい休暇闘争を実施し、県下市町村立小中学校教職員一七、一八二名が校長の承認を得ることなく職務を放棄したものであつて、被控訴人らも右闘争に参加して同五月七日は全日勤務せず、したがつて同日分の賃金について過払が生じ、これが調整のため同年八月二一日支給の賃金から精算控除をなしたものである。
二 右のような過不足調整のための過払賃金の控除は、最高裁判所判決(昭和四〇年(行ツ)第九二号昭和四四年一二月一八日第一小法廷判決)も認めるところである。
本件給与の減額は、同判決が判示する「過払のあつた時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてされ、また、あらかじめ労働者にそのことが予告されるとか、その額が多額にわたらないとか、要は労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのない場合でなければならない」との趣旨に抵触するものではなく、したがつて同判決の論旨のとおり労働基準法二四条一項の禁止に該当しない適法な減額と解される。
(一) 本件給与の減額は、過払のあつた時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に「合理的に接着した時期」に行なつたものである。
本件給与の減額事由は、前記のとおり五月七日に発生したものであるが、被控訴人らを含む本県教職員の給与は毎月二一日に当月分が支給されているところ、減額すべき五月七日分の給与を当月分給与支給日の五月二一日において精算することは、右闘争参加者が一万七千余名の多数におよんだこと、さらには被控訴人ら県費負担教職員の特殊性からその服務に関する調査は各市町村教育委員会を通じて行なう必要があつたことなどから闘争参加の実態把握に多大の時間を要し、県教育委員会においてその結果を完全に掌握し得たのは漸く五月末頃であつたことからして事実上不可能であつた。そのため五月二一日支給の給与には減額すべき五月七日分の給与を含めて支給する結果となつた。
そこで翌六月二一日の給与支給日において右過払分を清算調整すべく六月一〇日市教育長および教育庁出張所長を招集してその旨を通知したが、これを察知した福岡県教職員組合は勤務評定反対闘争とからませて右減額についても強く反対し、そのため各学校における減額支給のための給与調書作成事務は困難をきわめ、一方、六月一四日支給の期末および勤勉手当の支給事務を進める必要もあつて、事務処理上実施できない状態となり延期せざるを得なかつた。
ついで翌七月二一日の支給日においても実施すべく事務を進めたが、右教職員組合の減額反対のための行動は依然として続き、この事態を重視した県議会(六月二四日から七月一日までが会期)では、本件減額についての問題が取り上げられ、活発な論議が交された結果、他県の事情等をも参酌して慎重に処理するようとの強い要望が県教育委員会に対してなされた。そこで県教育委員会としては議会制民主主義の建前からこれを尊重して再度延期することとし、結局八月二一日の支給日において本件減額を行なつたものである。
前記最高裁判所にかかる事案は、昭和三三年一二月一五日において支給した勤勉手当の過払分を翌三四年二月分または三月分の給与から減額したものであるところ、本件もまた五月二一日に支給した給与の過払分を八月二一日の給与から減額したものであり、また右三ケ月経過の実情に徴してもその期間中本件減額事務は継続していたのであるから、同判決にいう「合理的に接着した時期」に行なわれたというべきである。
(二) 本件給与の減額は、あらかじめ予告されていたものである。
昭和三三年五月一日付通達「教職員の服務について」(乙第四号証)をもつて「休暇の承認を得ずして集会に出席した者については、無届欠勤として給与が減額される」ことをあらかじめ各教職員に周知徹底を図つたところである。
また、右減額に反対する福岡県教職員組合とは、同年六月五日、同一二日および七月二日に本件減額について話し合いをもつたところであり、一方六月一〇日には市教育長および教育庁出張所長に六月分給与から減額を行なう旨通知し、六月二六日には県議会において教育委員長が「給与の減額は、七月実施をめどとしてすすめている」旨答弁するなど県教育委員会は終始これが実施について態度を表明してきたところである。
しかるところ同年七月三一日県議会文教委員会における質問に対して県教育長は、「八月支給の給与から減額する」旨答弁し、八月二日右給与減額を八月二一日の給与支給日に実施する旨八月一日付書面をもつて各関係機関に通知する一方、右教職員組合に対しても同旨の通知書(乙第六号証)を手交したところである。これに対して八月八日同組合傘下組合員は「減額無効の仮処分申請」を行なつたところでもある。
右経緯のとおり被控訴人らが本件減額処分をあらかじめ了知し得る状態にあつたことは明らかであるし、また被控訴人らが減額処分を予期していた時期に本件給与の減額支給はなされたものである。
(三) 本件給与の減額は多額にわたらない。
本件減額の額は被控訴人らの給与手取額の四%をこえない程度のものであり、何ら被控訴人らの経済生活の安定を阻害するものではない。
三 要するに本件給与の減額は前記のとおり過払のあつた時期と清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてなされたものであり、かつ右減額は、あらかじめ被控訴人らに予告されていたものであつて、その額も手取額の四%にも満たない額であるから何ら被控訴人らの生活をおびやかすものではない。
四 労働基準法二四条一項の解釈については次の学説を相当と考える。
いわゆる過不足調整のための過払賃金の控除について、吾妻光俊教授は、労働基準法二四条一項をもつて禁止すべき理由はなく、特に労働者の生活をおびやかすことがない限り、時期的制限を認めるべきではないとされている。(乙第一一号証および乙第一二号証参照)
また、同法条の全額払の原則について、石川吉右衛門教授は賃金の過不足調整のための相殺は、同法条に何ら抵触するものではなく、相殺を制限する条文は、労働基準法一七条、民事訴訟法六一八条、民法五〇九条のみであるとし、結論として前記法条の制限内において過払賃金の控除は可能であるとの前提に立つて、本件と類似の群馬県教組事件に対する前橋地裁判決(昭和三六年三月三日判決行裁集一二巻三号五五一頁)を支持されている。(兼子博士還暦記念「裁判法の諸問題下」六三五頁以下参照)
五 右何れの点からみても本件給与の減額は適法である。
右陳述します。
昭和四五年九月一〇日
控訴人代理人 堤千秋
同 植田夏樹
同 国府敏男
福岡高等裁判所第一民事部 御中
昭和四四年(ネ)第三四二号
準備書面
控訴人 福岡県
被控訴人 徳本綱方外三二名
右当事者間の給与支払請求事件につき、被控訴人等は左記のとおり陳述する。
昭和四五年九月一〇日
被控訴人等代理人 立木豊地
福岡高等裁判所第一民事部 御中
記
一 控訴人は、吾妻光俊教授の清算・調整的賃金控除は、時期的な問題を度外して認めるべきであるという学説(乙第一一、一二号証)を引用しつゝ昭和四〇年(行ツ)第九二号給与支払請求事件昭和四四年一二月一八日最高裁第一小法廷判決(乙第一四号証)を右学説と同一立場に立つもののように考えているようである。
しかしながら、右最高裁判決は「許さるべき相殺は、過払のあつた時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてされ、また、あらかじめ労働者にそのことが予告されるとか、その額が多額にわたらないとか、要は労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのない場合でなければならないものと解せられる。」と判示するところから明らかのように、吾妻説を支持するものではない。それのみならず右最高裁判決の「接着した時期においてなされ、また、あらかじめ労働者にそのことが予告されるとかその額が多額にわたらないとか」という判示は、それらすべてを要件として考えているものと解される。右判示の「また」という文言は、「または」と異り、「更に」と同様に重畳的文言であること「とか」という表現も同様の意義であることに照し明白であろう。
ところで右最高裁判決は、第一、二審が、清算・調整の相殺について、昭和三三年九月分給与中の過払金返還請求権を発生時から約四ケ月経過して始めて減額すべき旨の予告した分については、調整的相殺に属しないとし、勤勉手当中の過払金返還請求権の発生時から起算して、減額すべき予告が翌月にあたる分は、調整的相殺が許されるとしている判決中、調整的相殺として許されるとする部分に対する上告判断であつて、調整的相殺が許されないとした部分は、第二審で既に確定した事案である。
そして、第一審の判示は、第二審で支持され、結局「これを原判決の判示するように労働者の日常生活の安定を保障するという労働基準法第二四条第一項の本来の立法趣旨に照して考えてみれば、右調整的相殺が(イ)給与の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてなされ(ロ)事前に予め労働者にそのことが予告され(ハ)相殺額にして労働者の経済生活の安定をおびやかす虞がない場合である限り、右立法の趣旨に牴触するところはないと考えられる」(甲第三号証第二審判決)と判示する仙台高裁判決と右最高裁判決は同一見解に立つものと解される。
そうであれば、本件事案の場合、事前に何等の予告も原告等になく、原告等の昭和三三年五月分給与中過払金返還請求権について、その発生時から三ケ月後に突然一方的に相殺し、その額も一日分であつて教員の給与の実態からして決して少額といえない金額(証人倉持已佐男の証言、甲第四号証参照)を差引いているのであるから、到底右最高裁判決の示す基準に照らして許される調整的相殺とは認められない。
もつとも、控訴人は当審において乙第一三号証福岡県における勤務評定規則等の実施の経過及び証人石橋茂の証言によつて、六月二一日までに調整的相殺のための事務手続が完了していなかつたごとく証明しようとしているが、第一審証人河内裕の証言(乙第一〇号証)にあるとおり、六月二一日には事務手続は終了していたが、議会の要請で相殺しなかつたという証言に照して到底乙第一三号証の記載及び証人石橋茂の証言は措信できない。
なぜなら、河内証人は当時教職員課長の職にあつて石橋茂の上司であり勤務評定実施の事実上の責任者であつたこと。六月十日に六月分給与支給日に減額するよう市教育長出張所長に通知していることからして、既に計算その他の事務が完了していたことを示すものであること、又、公の記録として、議会の要請により中止ということを残すことができない政治的道義的理由があつたこと等の事実に徴して、明らかである。
以上の次第であるので、本件調整的相殺は、最高裁判決の判示する労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのない場合に該当しない違法な相殺というべきである。
よつて控訴人の控訴は理由がない。
原審判決の主文、事実および理由
主文
一、被告は原告らに対し、別紙第二「請求金額」欄記載の各金員およびこれに対する昭和三三年八月二二日からその支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
事実
当事者双方の申立、主張および証拠の提出、援用、認否は、すべて別紙第一記載のとおりである。
理由
第一、被告の本案前申立について
被告が援用する地方自治法第二〇六条の規定は、給与その他の給付に関する処分について不服がある場合の不服申立について定めたものであるところ、原告らの本訴各請求は、要するに、原告らの給与負担者である被告に対し、昭和三三年八月分給与債権の未払分の支払を求めるものであつて、直接被告の給与その他の給付に関する処分に対する不服申立をその内容とするものではないことは本訴請求の原因に徴し明白であるのみならず、被告が行政法上の処分であると主張する本件給与減額は、被告が原告らに昭和三三年八月分給与を支給するにあたり、ただその一部を差し引いて支給しなかつたということだけのものであつて、とうてい行政法上の処分と認めるべき性質のものではない。したがつて、いずれにしても本訴各請求が地方自治法第二〇六条にいわゆる給与その他の給付に関する処分についての不服申立であることを前提とする被告の本案前申立は理由がない。
第二、本案について
原告らが昭和三三年(以下年数の表示なきはすべて昭和三三年を指す。)五月ないし八月頃、別紙第二「勤務校」欄記載の県下各市町村立小中学校に勤務していた教員であつて、その給与負担者は被告であり、その給与は「福岡県公立学校職員の給与に関する条例」(以下給与条例という。)第九条第二項により毎月二一日その月の勤務に対応する分が支給されていたこと、被告が原告らに対し、八月二一日同月分の給与を支給するにあたり、その給与から別紙第二「請求金額」欄記載の各金額をそれぞれ減額した残額のみを支給したことは当事者間に争いがなく、本件弁論の全趣旨によれば、原告らは八月中は正常に勤務して同月分給与についてはなんら減額事由は存在しなかつた事実を肯認できる。
二、次に、原告らが、平常の勤務日である五月七日に出校せず勤務しなかつたのに、同月二一日同月分の給与の支給をうけるにあたり、勤務しなかつた右五月七日の一日分給与(別紙第二「請求金額」欄記載の各金額)をも含めて支給をうけたことは当事者間に争いがなく、成立に争いがない乙第四号証原本の存在、成立ともに争いがない同第八、第一〇号証ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、原告らが前記のとおり五月七日欠勤した際、その勤務しないことにつき給与条例第一四条に規定される任命権者(福岡県教育委員会―県教委という。)または所轄市町村教育委員会(服務監督権者)の承認がなかつた事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
三、被告は、原告らの前記承認なき欠勤の事実を前提として、地方公務員法第二四条第六項、「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」第四二条の規定に基づき原告ら県下市町村立小中学校教員の給与に関する事項を定めた給与条例第一四条第一八条により、勤務しなかつた五月七日の給与を八月分の給与から減額(以下本件減額ともいう。)したものであるから、右減額は適法であると主張するので、以下本件減額が適法であるか否かについて検討する。
成立に争いがない乙第一ないし第七号証、原本の存在、成立ともに争いがない同第八ないし第一〇号証、甲第一号証を総合して認められる本件減額事由の発生から本件減額に至るまでの経過の概要は次のとおりであり、これに反する証拠はない。
すなわち、福岡県教職員組合(以下福教組という。)は全国的な勤評反対斗争の一環として五月七日県下市町村立小中学校教職員の一せい十割休暇斗争を実施し、県下約九三〇校の小中学校中その約九五%にあたる学校がこれに参加し、その一七、一八二名の教職員が同日一せいに全日ないし半日の休暇をとつて欠勤した。原告らもこれに参加し、五月七日は全日勤務せず、前記のとおり右欠勤につき承認がなかつたところから、本件減額の対象者となつたものである。そこで、県教委は将来給与の減額ないしなんらかの行政処分を実施する場合のあることにそなえ、ただちに県教委教育長の名において県下各市町村教育委員会等に対し、右斗争参加者個々につき休暇承認の有無、斗争参加の状況等の実態を具体的に把握した報告書を提出するよう指示したが、なにしろ前記の如く参加校、参加人員が極めて多数であつたうえ、当時福教組が行なつていた勤評反対斗争のため現場もかなり混乱しておりまた、各市町村教育委員会より提出された報告書も内容不備のため更に再調査書の提出を指示したものも少なくなく、右報告書が出揃い県教委においてその実態について完全に把握できたのは漸く五月末日頃であつた。しかも、当時県教委において前記の如き多数の県下小中学校教職員に対する給与減額を決定し、被告がこれを実施するためには、おそくともその月の一〇日頃からその作業に着手しなければ二一日の給与支給日に間に合わない実情にもあつた。以上の如く、五月中の給与減額は事実上不可能であつたから、県教委は翌六月実施を目標にして着々その準備作業を進めていたところ、これを察知した福教組は勤評反対斗争とからませて右減額についても強く反対し、これに関する両者間の交渉を重ねるうち六月一〇日を経過したので県教委は同月はこれを見送ることにした。かくするうち、同月末頃より県議会が開催され、減額に関する法律上の根拠等について活発な質疑が提出されたので、県教委としては慎重かつ民主的に処理することとし、七月中は当時やはり教員に対する給与減額の問題を抱えていた東京都につきその法律上の根拠や減額実施の時期等を調査し、その他関係中央官庁の意見をも徴したりしながら、専ら東京都の出方を注目していたところ、東京都では七月中は減額しない意向であつたので、県教委もこれにならい、その後東京都では同月中旬頃に至り翌八月一一日支給の八月分給与から減額する旨決定したため、県教委もこれにならつて七月下旬頃全日欠勤者のみを対象として翌八月二一日支給の八月分給与から減額する旨決定して八月初旬頃その旨文書で福教組はじめ各関係機関に通知し、右決定に基づき被告は本件減額を実施した。なお本件各減額金額はいずれも原告らの八月分給与手取額の三・四%程度の金額であつた。
四、ところで、本件の場合、原告らは平常の勤務日である五月七日任命権者または服務監督権者の承認をうけることなく全日欠勤したものであるから、原告らの五月分給与債権は、五月七日の一日分については発生するに由なく(減額によつてはじめて欠勤日の給与債権が消滅するかの加き被告の主張は採用できない。)、右一日分を差し引いた残額についてのみ発生したことは明らかである。然るに、被告は五月二一日同月分給与とともに発生しなかつた右欠勤日分の給与をすでに支給してしまつたのであるから、右欠勤日分の給与の支給は明らかに過払であり、他に特別の事情なき限り、原告らは右過払をうけた金額につき法律上の原因なくして不当に利得したこととなり、被告は原告らに対し右過払金額につき不当利得返還請求権を有することは明らかである。したがつて、被告において原告らの八月分給与から右過払分給与を減額した本件減額は、五月七日分給与の返還請求権を自働債権とし八月分給与債権を受働債権として、その対当額においてなされた調整的相殺(なお、その意思表示は減額された給与残額の受領により相手方に到達したものと解すべきところ、前記乙第九、第一〇号証によれば、原告らは本件減額当時異議をのべて受領を拒否していたがその後間もなくいずれもこれを受領した事実を認めることができるから、右意思表示はその際原告らに到達したものと認める。)であると解するのが相当である。
五、果してそうだとすれば、本件減額当時、地方公務員法第五八条第二項(昭和四〇年五月一八日法律第七一号による改正前の規定)による原告ら地方公務員にも適用があつた労働基準法第二四条第一項(なお、前記法律の改正にともない、地方公務員法第五八条第三項により労働基準法第二四条第一項の規定は地方公務員には適用されなくなつたが、同条の規定はそのまま改正後の地方公務員法第二五条第二項の規定として新しく設けられ、依然地方公務員に対し賃金、全額払の原則の適用あることにはかわりはない。)の法意(労働者に対する賃金全額払の原則)に徴すれば、同条項は労働者の賃金債権に対して使用者は使用者が労働者に対して有する債権をもつて相殺することは許されないとの趣旨をも包含するものと解するのが相当であるから(最高裁判所昭和三六年五月三一日大法廷判決、集一五巻第五号一、四八二頁)労働基準法第二四条第一項を極めて厳格に解釈する立場に立てば、本件減額の如き過払給与につき給与相互間の清算的調整の意味をもつ相殺もすべて許されないことになるであろう。
しかしながら、かく解することは、かえつて過払給与の決済方法において当事者に極めて煩わしい手続を求めることとなるのみならず、本件の如く県条例により給与の支給日が毎月特定の日に定められその月の勤務に対応する給与がその日に支給され、しかもその支給日がその月の末日でない場合、その支給日以後に減額事由が発生したときはその月分の給与からの減額は一切不可能となるのに対し、その月の給与支給日以前に発生した減額事由についてはその月分の給与から減額が可能となり、減額事由の発生時期如何により減額の可否が決まるという全く不合理な結果が生じ、とうてい納得し難い。そもそもその月の勤務に対応する給与がその月に支給され、しかもその給与支給日が月末とされていないときには、もし減額事由が給与支給日以後に生じたら翌月に支給される次期給与で清算調整しうる趣旨が当然予定されていると解するのが、賃金支払の実態に則し当事者の意思にも反しないというべきである。しかも清算調整の金額が特に労働者の生活に脅威を与えない程度のものであれば、右程度の各月給与間の清算調整としての相殺は労働基準法第二四条第一項にも違反せず前記最高裁判決にも牴触しないと解される。したがつて、毎月の給与支給日が一定されその月の勤務に対応する給与がその日に支給される場合でその支給日が月末でないとき減額事由がその支給日以後に発生した場合はその翌月の給与からの減額であれば特にその金額が労働者の生活に脅威を与えないものである限り例外的に許されるものと解すべきであり、また、このことは、たとえ減額事由が給与支給日以前に発生し、観念的には右減額事由発生後最初に到来するその月の給与支給日に支給されるその月の給与からの減額が可能である場合でも、若しなんらかの客観的事情のためその月の給与からの減額が社会通念上不可能であると認められる場合も同様に考えられ、その場合も当然翌月の給与からの減額が例外的に許されるものと解すべきである。したがつて特に以上の説示の如き例外にあたらない給与減額は労働基準法第二四条第一項に違反し違法となる。
六、これを本件の場合について考えてみるに、前認定事実によれば本件減額事由が発生したのは五月七日であつてその月の給与支給日である二一日以前であつたが、これを同月の給与から減額することは社会通念上不可能であつたと認めるべきであり、その減額分も原告らの各月給与手取額の三・四%程度の金額であつたのであるから、当然翌六月の給与からの減額の限度においては例外的に許容せらるべき場合であつたといいうるところ、前認定のとおり本件減額が右限度を越え八月二一日まで遷延されたのは専ら県教委の裁量によるものであつて、これを社会通念上減額実施が同日まで不可能であつたと認めるべき事由とはとうていなし難いところである。
もとより、前認定事実によれば、本件減額の手続がおくれたのは減額に反対する福教組の圧力の下に県教委が慎重かつ民主的にその手続を進めたことによるものであることはこれを認めるに余りあり、県教委の並々ならぬ努力は充分評価すべきであるが、労働基準法第二四条第一項の法意および前記最高裁判決の趣旨に従う限り、同条の解釈は厳格であるべきであるから、左様な裁量による減額の遷延をもつていまだ社会通念上減額遷延のやむをえざる事由と見ることはできない。
したがつて、本件減額はさきにのべた特に許容される例外の場合にはあたらないから労働基準法第二四条第一項に違反し違法であるというべきである。
七、次に、被告は前記給与条例第一四条、第一八条は労働基準法第二四条第一項但書にいう法令に別段の定めがある場合に該当すると主張するが、右各規定はただ減額の事由とその計算方法を定めたものに過ぎず、その減額すべき額をその後の給与から減額することができるか否かについてはふれるところがないから右各規定をもつて労働基準法第二四条第一項但書にいう法令に別段の定めがある場合には該当しないものと解すべきである。
八、次に被告は、本件減額を認めないと争議中の給与を減額できないこととなり、労働組合法上組合資格ないし不当労働行為との関連において法が排除しようとする事態を承認する結果となる旨主張するが、減額事由が争議行為によるものか否かという事実関係の如何により労働基準法第二四条第一項の解釈適用を左右することはできず、また給与過払分について給与減額以外にこれを是正する法律上の手段がないわけではないから、給与減額が不可能となつたとしても、必ずしも不当な結果が残るものでもなく、いずれにしても労働基準法第二四条第一項の適用上本件減額を適法とみることはできない。
九、以上のとおり、被告の主張はいずれも採用できず本件減額は労働基準法第二四条第一項に違反するというほかはないから原告らから被告に対し八月分給与債権の未払分として、減額された別紙第二「請求金額」欄記載の各金額およびこれに対するその支払期限の翌日である昭和三三年八月二二日以降各支払ずみまで民法所定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴各請求はその理由がある。
よつて、原告らの本訴各請求はいずれも正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用し主文のとおり判決する。
なお、仮執行の宣言は本件の場合その必要がないと認められるので、これを付さないこととする。
(別紙第一) 給与請求事件準備手続結果の要約
(被告の本案前の主張に対する原告らの反論)
地方自治法二〇六条の規定は「給与その他の給付に関する処分」について異議申立を定めるものであるところ、原告らが求める本件請求は、被告が支払わなかつた給与一日分の支払を求める給与の支払請求事件であつて、被告の処分に対する不服の申立ではない。被告は一日分の給与を減額したのは処分であるというが、それは事実上原告らに支給さるべき給与から一日分を差引いたにすぎないのであつて、行政法上にいうところの処分でないこと明らかである。
被告の主張する「減額処分」の処分とは、内部的に減額を決定したその決定を示すもので、行政訴訟上の処分とは、法的に異なる概念を混同するものである。
(請求の趣旨)
一、被告は原告らに対し別紙第二「請求金額」欄記載の各金員およびこれに対する昭和三三年八月二二日からその支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
三、仮執行の宣言
(請求の原因)
一、原告らは昭和三三年五月ないし八月頃別紙第二「勤務校」欄記載の福岡県下各市町村立小中学校に勤務していた教員であつて、その給与負担者は被告である。そして原告らの給与は「福岡県公立学校職員の給与に関する条例」(以下給与条例という。)九条二項により毎月二一日その月の勤務に対応する分を支給されていた。
二、被告は原告らに対し、昭和三三年八月二一日同月分の給与を支給するにあたりその給与から別紙第二「請求金額」欄記載の各金額をそれぞれ一方的に減額した残額のみを支給し右減額の給与の支給をしない。
三、しかしながら、原告らは昭和三三年八月分給与を減額されるいわれはないので本訴により右減額分(別紙第二「請求金額」記載の各金額)およびこれに対する右減額の日の翌日である昭和三三年八月二二日よりその支払ずみに至るまで民法所定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張に対する原告らの答弁)
一、(1) 原告らを含む県下公立学校教職員一七、一八二名が平常の勤務日である昭和三三年五月七日一せいに出校せず勤務しなかつたこと、被告主張の各条例に被告主張のような勤務しない場合の給与の減額、勤務時間の規定があり右各条例の規定を適用して原告らの給与から減額すべき金額(原告らが勤務しなかつた昭和三三年五月七日分給与)を算出すると別紙第二「請求金額」欄記載の金額となることは認めるがその余は争う。
(2) 争う。
被告は手続上やむを得ない事情がある場合には、事実発生の月の分の給与をその後の月の分の給与から減額することができると主張するが、本件の場合手続上やむを得ない事情がある場合には該当しない。
即ち事実発生の日時は昭和三三年五月七日であるにもかかわらず給与の支給日である五月二一日、六月二一日、七月二一日には減額することなく、漸やく八月二一日に減額したのは、事務上やむを得ない事情によるのではなく、専ら手続の懈怠によるものである。また、原告らおよび福教組は当時八月二一日まで、減額手続の実行を何等阻害したこともないのであるから、この点においても手続上やむを得ない事情があつたとは云えない。
(3) 争う。
二、(1) 原告らが昭和三三年五月七日出勤しなかつたのに、同日分の給与を同月二一日支給された五月分給与にふくめて支給されたことは認めるが、その余は争う。
右支給ずみの昭和三三年五月七日分給与を、同年八月分給与から減額することは、五月七日分給与の返還請求権を自働債権とし、八月分の給与請求権を受働債権とする相殺に他ならないところ、労働基準法二四条一項は労働者の給与債権を受働債権とする相殺をも禁止しているのであるから、(最高裁第二小法廷昭和三一年一一月二日判決集一〇巻一一号一、四一三頁参照)右のような相殺は違法である。
(2) 原告らに対する給与が毎月二一日にその月分を支給され、二一日以降月末までの分は前払的性格をもつものであることならびに昭和三三年五月七日原告らを含む多数の県下公立学校の多数の教員が出勤せず勤務しなかつたことは認めるが、その余は争う。
県議会の状況および他県の事情等は、すべて原告らに責任のない事柄であつて、被告の内部事情にすぎないのであるから、このような理由は被告の手続上の懈怠を何等免責するものではない。
(証拠関係)<省略>
(別紙第二)<省略>
(被告の本案前の申立)
一、原告らの各請求を却下する。
二、訴訟費用は原告らの負担とする。
(被告の本案前の主張)
一、原告らの本訴各請求は、被告が昭和三三年八月分の原告ら各給与から同年五月七日に欠勤した理由をもつて当日分の給与に相当する金額をそれぞれ減額したことを違法として右減額金額を請求するものであるが、原告らに対する給与の支給は「福岡県公立学校職員の給与に関する条例」(以下給与条例という。)に基づくものである。
二、右条例は地方公務員法二四条六項および「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」四二条ならびに「市町村立学校職員給与負担法」三条によつて定められているものである。すなわち市町村立学校教職員は地方公務員であり、地方自治法の適用を受け、同法二〇四条による給与の支給を受けるものである。
三、したがつて、給与の支給に関し異議があるものは同法二〇六条により地方公共団体の長に異議申立てをすることができ、その決定に対し不服ある場合はじめて出訴することができる。
四、本件では、本件給与減額処分は昭和三三年七月三〇日になされ、右処分の内容は同年八月二一日原告ら各本人に対し減額した八月分給与を支給した際通知ずみである。しかるに、原告らは右処分に対し地方自治法二〇六条所定の異議申立てを経由せず本訴を提起したものであるから本訴は不適法である。
(請求の趣旨に対する答弁)
一、原告らの各請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告らの負担とする。
(請求の原因に対する答弁)
一、認める。
二、認める。
三、争う。
(被告の主張)
被告が原告らに支給すべき昭和三三年八月分給与から原告ら主張の各金額を減額して支給した理由は次のとおりである。
一、(1) 原告らを含む福教組の一せい休暇斗争によつて県下公立学校教職員一七、一八二名は平常の勤務日である昭和三三年五月七日一せいに出校せず勤務しなかつたものであるが、原告ら県下市町村立学校教職員に適用される給与条例一四条、一八条によれば、県下公立学校教職員が勤務しないときはその勤務しないことにつき任命権者または市町村教育委員会の承認があつた場合を除くほかその勤務しない一時間につき給料の月額に一二を乗じて出た額を一週間の勤務時間に五二を乗じて出た数で除した額を減額して支給する定めであり、さらに「福岡県市町村立学校職員の勤務時間等に関する条例」および「福岡県議員の勤務時間等に関する条例」によれば、教職員の一週間の勤務時間は合計四二時間四五分と定められているから、右各条例によつて原告らが勤務しなかつた昭和三三年五月七日分の給与(別紙第二「請求金額」欄記載の金額)は当然減額すべきものである。
(2) 而して、欠勤があつた場合任命権者である県教育委員会が給与条例一四条所定の給与を減額すべき個々の事実を認定し、減額処分をなしたときはじめて給与が減額されるもので、その処分に基づいて知事は減額された給与の支出命令を発し、支給事務が行なわれるものである。右条例一四条には減額すべき時期について何等の制限を設けていないので、右減額手続は可及的速やかになすべきものであろうが、手続上やむを得ない事情がある場合は事実発生の後の月に事実発生の月の分の給与を減額する処分をなしても法令上違法ではない。
(3) また、かかる減額処分は労働基準法の禁ずるところではない。すなわち、同法二四条一項は賃金の全額支払の原則を規定し同条一項但書をもつて法令に別段の定めがある場合には賃金の一部控除を認めているが、右法令に前記条例一四条が該当することは明らかである。したがつて、相殺の観念をいれる余地もない。
二、(1) かりに、欠勤による給与の減少が当然発生するものとすれば、原告らは昭和三三年五月七日出勤しなかつたのに同日分の給与はすでに同月二一日に支給された同月分の給与にふくまれて支給ずみであるから、同日分の給与は過払となり、その過不足調整のため過払給与を減額することは労働基準法二四条一項の禁止する相殺にはあたらない。同条が規定する賃金全額払の原則は、前借金相殺に類似した弊害がともなうような使用者の特殊債権をもつて相殺すること、たとえば、貸付金や物品売掛代金をもつて賃金と相殺することなどを禁止するものと解すべきであるところ、本件減額金額は原告らの給与手取額の四%をこえない程度のもので、原告らの生活を脅かすに足るものではない。
しかも職員が勤務しない場合の過払給与の減額は行政実例および慣行上認められて来たものであるのみならず、本件減額は争議中の給与を減額するものであつて、これを認めないと、労働組合法上組合資格ないし不当労働行為との関連上、法が排除しようとする事態を承認する結果ともなるものであるから、前記のとおり給与条例一四条が労働基準法二四条一項但書にいわゆる法令に該当することも明らかである。したがつて本件減額は労働基準法二四条に違反しない。
(2) もともと原告らに対する給与は毎月二一日にその月分を支給され、二一日以降月末までの分は前払的性格をもつものであり、全体的に見ればその月分の暫定払の性格をもち、事後の給与支払にあたつて当然調整を清算されることとされて支給されているものである。したがつて原告らが正常に勤務しなかつた五月七日分はその後出来る限り近接した給料支払日に減額することが望まれる。前記給与条例は減額の時期を制限していないので著しく不当の時期でない限り適法である。しかし前記の如く原告らを含む県下多数の県下公立学校教員が出校せず勤務しなかつた際給与条例一四条に基づいてそれぞれ減額処分をなすべくその実態の把握のため事実調査ならびに減額支給の支払調書の作成に着手したが右各事務の困難と福教組の勤務評定実施反対斗争とからみ、その実施がおくれて五月二一日の給料支給日に間に合わず、翌六月二一日の支給日に実施すべく準備を進めたところ、同月一四日に支給した期末手当および勤勉手当の支給事務等のためその実施を延期せざるを得なかつた翌七月二一日の支給日に実施しなかつたのは県議会(六月二四日より七月一日までが会期)との関係で他県の事情等をも参酌して慎重に実施することとなつて再度延期し、八月二一日の支給日に実施することに定められたものである。右減額支給の処分を実施することは予め原告らが所属する福教組が五月七日の一せい休暇斗争を決定した直後に各教職員に通達し、八月二一日の給料支給日に右減額処分を実施するにあたり、八月一日口頭をもつて組合の代表者に通告し、さらに翌二日には八月一日付書面によりその旨通告し、八月二一日右減額支給を実施したものである。
右の経過よりするも手続上やむを得ない事情の下にその実施がおくれ八月二一日に実施されたものであるから、右給与減額処分は単にその実施の時期がおくれたことによつて違法となるいわれはない。